Arribes DO アリベス、大自然に抱かれる小さな産地

アリベス。なんてクールな名前。イベリア半島北部を流れる重要な川、ドゥエロ川をはさんだ先にみえるのはポルトガル。カスティーリャ・イ・レオン州最西端にあるこの小さなワイン産地には、およそ150kmに渡ってドゥエロの大河が流れ、花崗岩の土壌が削られてできた渓谷や峠道など独特の景色を描いています。おなじ渓谷地帯でも、ガリシア州のリベイラ・サクラが女性的なら、こちらは男性的なニュアンスがあり、大地のエネルギーが下から突き上げてくるような迫力です。

from Mirador looking down the river Duero

<気象データ>
夏の最高気温:40度
冬の最低気温:-9.5度
平均年間降雨量:561.41mm
平均年間日照時間:2,899時間

<ブドウ畑>
総面積:337ha
標高:700m.
土壌:花崗岩、スレート
白品種:マルバシア・カステリャナ、ベルデホ、アルビーリョ
黒品種:フアン・ガルシア、ブルニャル、フフェテ、メンシア、テンプラニーリョ、ガルナッチャ

アリベスワインの歴史は長く、ローマ人か、恐らくそれ以前にフェニキア人がドゥエロ川をポルトガルのオポルト港からさかのぼっていったと考えられています。ブトウ畑は切り立った渓谷とそのなかにわずかに広がる平原にあり、原産地呼称員会に登録されている17軒のワイナリーが固有品種でワインを造っています。アリベスのワインは、ポルトガルのミーニョ地方とスペインのガリシア地方、両方のキャラクターを持ち合わせた印象があって、とてもエキゾチック。ポルトガルとスペインの国境にあることから二つの国の歴史が融合し、また同時に外部から隔離された環境であるがゆえに、多様なブドウ品種の宝庫になっています。

生産の90%が赤ワインという赤の産地。かつては単一品種、フアン・ガルシアのワインが主流だったのですが、今ではブレンドもされるようになり、その際、地元品種を60%以上使うことが義務づけられています。フアン・ガルシアのワインはプラムやカシスなど黒果実のニュアンスがあり、樽熟成によってバニラ、ユーカリ、リコリス、ミネラルやナッツなどをともなって、滑らかさのなかに力強さが備わります。

Vineyards over there

アリベス・デル・ドゥエロ自然公園/Parque Arribes del Duero

アリベス・デル・ドゥエロ自然公園はスペインのサラマンカ県とサモラ県の間、ポルトガルとの国境に位置し、ポルトガル側ではドウロ自然公園として保護地区に指定されています。ユネスコ・メセタ・イベリア保護区にも指定される、イベリア半島最大の自然保護地区(1,132,607haだから長野県くらい)の主役は、川と渓谷。最大500メートルの高低差のなかにスペインで最も多くの渓谷群がみられ、トルメス川とドゥエロ川が出合うアンバサグアス渓谷、閃長岩の巨大岩、ペーニャ・ゴルダス、高低差200メートルの大滝、ポゾ・デ・ウモスといった壮大な景色がつぎからつぎへと現れます。

アリベス(Arribes)という地名は、もともと海岸を意味するラテン語のadripa-aeに由来しているらしい。確かに前述のドゥエロ川やトルメス川のほかにも、アゲダ川、フエブラ川、ウセス川、エスラ川など、いくつもの川のコースがあって、文字通り「ドゥエロの川岸」たる堂々とした地形を形成しています。

植生も豊か。ジュニパー、虫こぶのオークの木、セイヨウヒイラギガシ、コルクの森が広がっています。また、この高地にはめずらしい地中海性気候の植生もみられ、ブドウ、オリーブ、アーモンドの木々、動物群ではボネリークマタカ、イヌワシ、コンドル、エジプトハゲワシ、ハヤブサ、ワシミミズクなどの猛禽類が大空をゆったりと旋回している姿がのびやか。哺乳類ではカワウソ、テン、キツネやイノシシなども生息しています。

Stock image By Sam Bark

自然公園についたら徒歩や自転車で辿れるたくさんのルートが整備されているし、ミラドール(展望台)も要所要所にあるからどこからでも絶景が楽しめる。アリベス・デル・ドゥエロの川下りクルーズも最高。

Stock image By Daniel Llorente
Stock image By Raimond Klavins
An English countryside like cozy little village

自然保護地区には、ローマ時代にさかのぼる中世の村、フェルモセリェがある。周辺の小さな村々にはケルト文化の痕跡がいたるところにあり、緑豊かで穏やかな風景はスペインというよりイギリスの田園と見まがう風景。

羊のチーズ(もちろん手づくり)やサラマンカの希少種サヤゲサ牛の子牛肉、ラム、イベリコ豚が名産品。オルナソ/Hornazoというミートパイのような伝統的なパンや、ガリシアでお馴染みのタコとじゃがいも、ハム類も見逃せません。アリベスのワインで乾杯!

Soup of “Bacalao” -バカラオとひよこ豆のスープ
Sayaguesa Veal -サヤゲサ牛。味付けは塩だけ

<行き方・楽しみ方>
おすすめはフェルモセリェに宿泊してアリベス自然公園を楽しみ、ワイナリー見学をするコース。軒先で小さなお店を開いているワイナリーもあり、手づくりのチーズやはちみつ、パンなどを売っていてそのどれもが絶品。

RUTA del Vino 現在の登録ワイナリーはこちら:
 Arribes del Duero Sociedad Cooperativa
 Bodega Frontio
 Bodega el Hato y el Garabato
 Bodegas Pastrana
 Bodega Ribera de Pelazas
 Bodega Romanorum
 Bodega Viña Romana
 Hacienda Zorita Natural Reserve

<フェルモセリェ/Fermoselleに泊まる>
5つ星ホテルから、長期滞在に向いたアパートメントまで、スタイルに合わせた宿が充実しています。

Hacienda Zorita Wine Hotel & Organic Farming
14世紀の修道院をリノベーションしたリゾートスパホテル。トルメス川を見下ろす絶景ポイントにあり、グルメのレストラン、ワインスパ、セラーでのワインテイスティングが楽しめます。ウェブサイトで紹介されているツアープランも最高。ウェブサイトには見たら絶対に行きたくなってしまう動画があるので必見。

“1366樽のワインが眠るマルケス・デ・ラ・コンコルディアでのワインテイスティングをして、
ユネスコ世界遺産にも登録されているサラマンカの歴史地区へショートトリップ。
ファミリー向けには徒歩10分にあるホテルの農場ツアーをして、チーズの試食や田舎料理を楽しむのもおすすめ。夕食はホテルのレストラン、ソリタズキッチンで最高の料理と地元産の最高のワインを堪能したら、のワインバーで食後の寛ぎのひとときを”(筆者訳) 出展:SLHウェブサイトより引用

La Casa del Regidor
分厚い花崗岩の壁と太い木の梁のある18世紀の住宅、ラ・カサ・デル・レヒドールは、大人2名で7000円弱とリーズナブル。国立公園のなかにあり、美しい渓谷を眺めながらテラスで朝食がいただける。隣は12世紀に建てられたヌエストラ・セニョーラ・アスンシオン教会。近くのプラサ・マヨールには、季節の良い時期なら外で寛げる心地の良いバルもある。

La Pueta del Perdon 許しの扉でひと休み

フランス人の道のテロワール

カスティーリャ・イ・レオン州とガリシア州をワインを求めて何度も往復しているうちに、数あるサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路のなかでも最もポピュラーな「フランス人の道」をせっせと通過していたことがあります。地続きながら、まったく異なる気候風土を持つこの二つの州。荒涼としたメセタの高地、カスティーリャ・イ・レオン州にはスペイン屈指の銘醸地リベラ・デル・ドゥエロがあり、パワフルな果実味と凝縮感のある最高級の赤ワインをうみ出しています。ベガ・シシリア、ピングス、ペスケラ、アアルト、アタウタ・・・、憧れのオールスターたちが一堂に会するエリア。ここからさらに西へ、ガリシア州に近づくにつれて景色は少しづつ緑の様相を呈し、ワインも繊細で洗練されたスタイルへと変化していきます。ガリシアの美食も待っています。

スペインのワイン産地ほど、テロワールの違いをはっきりと体感できるところはありません。車窓の風景が変わりゆく様はまるで異世界へのプレリュード。そこにはきまって玄関口となる田舎町があり、巡礼の北ルートにあたるスペイン北部にも、何気ない小道に歴史遺産が溢れています。先を急ぐ旅でなければ、このような中継地で一息入れるのもおすすめです。

Harvest in BierzoVinos de Algansa

ビエルソの横顔

カスティーリャ・イ・レオン州の西端にあるコマルカ、エル・ビエルソと聞けば、ワインラバーにとっては真っ先にリカルド・パラシオスの名とともに思い起こされるワイン産地、ビエルソです。シル川の上流域一帯を含む四方を山に囲まれた地形から、歴史的に隔離された生活が営まれてきました。二千年を超えるワイン造りの歴史がありながらも、ブドウ畑の総面積はわずか2,900ヘクタール弱。70軒あるワイナリーのほとんどが地産地消ですが、山岳のブドウ畑には樹齢100年を超える古木も多く残されており、苦労を顧みなければ醸造家にとって憧れの産地であるのは疑いようがありません。

Mojon -巡礼路を示す標識モホン

エル・ビエルソのもうひとつの顔、サンティアゴ巡礼の「フランス人の道」を振り返ってみましょう。人口3500人の小さな歴史町、ビジャフランカ・デル・ビエルソには、千年にわたり巡礼者を慰めてきた重要な遺構があります。

イエス・キリストの十二使徒のひとり、聖ヤコブの墓が、イスラム勢力からのレコンキスタ(領土回復運動)の只中にサンティアゴ・デ・コンポステーラで見つかったのは9世紀のこと。この発見はキリスト教徒の精神的な支えとなり、中世を通して多くの巡礼者を集めることになりました。「フランス人の道」はカリクストゥス写本(12世紀に編纂されたサンティアゴ巡礼のガイドブックのようなもの)にも詳細に記録され、9世紀から現存するルートとしてユネスコ世界遺産にも登録されています。

許しの門、プエルタ・デル・ペルドン

旅に危険はつきもので、道中の安全もままならなかった中世の時代、フランスからピレネー山脈を越え、スペインの古都レオンを経ていくつもの峠を踏破するフランス人の道は、夏でも寒く、病気や怪我で命を落とす巡礼者も多かったと言います。何とかビジャフランカ・デル・ビエルソまでたどり着いても、その先に待ち受けるのはフランス人の道最後の難所、セブレイロ峠。ビジャフランカで力尽き、巡礼を断念せざるを得ないこともありました。そんな中世の巡礼者の救いになったのが、サンティアゴ教会にある「許しの門」です。たとえサンティアゴ・デ・コンポステーラにたどり着けなくてもこの門の前で祈ると巡礼を終えたと認められ、罪が許されると信じられていました。聖年またはシャコベオ年にはこの門が開きます。2021年がその年で、その次は2027年です。

Puerta del Perdon, Igresia de Santiago
Castillo-Palacio de los Marqueses de Villafranca in sunset

美味しい食事とワイン。ラ・プエルタ・デル・ペルドンに泊まる

巡礼者が一休みするように、ワインの旅もここで一息入れないと力尽きてしまいそうに過酷なカスティーリャとガリシアの山岳往復ルート。ビジャフランカ・デル・ビエルソの小さなホテル、ラ・プエルタ・デル・ペルドン/La Puerta del Perdonには、心地よい7つの部屋と美味しい料理、そしてワインが待っています。許しの門の名を冠しているだけあって、門のあるサンティアゴ教会はすぐ近くというロケーション。

フランス人の道:930km、約32日間(一日の工程25km±5km)

ラ・プエルタ・デル・ペルドン:2名/EUR65

To feel calm by flowers -花は野の花のように

巡礼の中継地ビジャフランカでは、他にもアルベルゲからホテルまで、予算や好みに応じて様々な宿泊施設が選べます。たとえば17世紀にイエズス会の学校として建設されたバロック様式の修道院はいかがでしょうか。簡素な共同部屋からバスルーム付きの部屋まであり、レストランも備えています。

サン・ニコラス・レアル/St. Nicolas el Real Inn : EUR30〜

Wines & Serenity  最高のワインと修道院ホテル

山間の小さなワイナリーを訪れ修道院のスパホテルに泊まる – Spain Ribeilo

ワイナリーを訪問して醸造家と話をし、ワインをテイスティングするのは最高の時間です。ワイナリーはたいてい自然豊かな場所にあり、ワイン関係者はみな美味しく食べて幸せに暮らすことが大好きです。食べることはきっと旅の最大の楽しみであり、ワイン産地ならなおさらです。いっそこのまま何日か滞在してみたいとは誰もが思うことでしょう。

リベイロまで足を延ばしたのならモヌメント・モナステリオ・デ・サン・クロディオ ホテル&スパ/ Monumento de Mnasterio de San Clodio Holtel & Spaがおすすめです。

Monumento de Monasterio San Clodio

リベイロの陰に修道士の名残あり

モナステリオ・デ・サン・クロディオは、ただのスパホテルではありません。もとは12世紀にさかのぼるシトー派修道院で、近年になって、ガリシア州政府により宿泊施設として生まれ変わりました。はっきりとした来歴は定かではなく6世紀頃とも928年といも言われていますが、1225年にシトー派の拠点となり世俗化するまで(その後19世紀末に今度はベネディクト派となりつい近年まで存続)、ずっと修道院として運営されてきました。1931年にはアヴィア川にかかるサン・クロディオ橋とともに「国の歴史的および芸術的記念碑」にも指定されています。この辺りは小規模ながら佇まいのある小さなワイナリーが多く、-例えばボデガ・ビルマレ/Bodegas Vilmareはとっても気になる-、少し上流には銘醸ワイナリー、コト・デ・ゴマリスもあって、ワインツーリズムをするには最高のロケーション。静かな山奥の元修道院でいつもとは違う時の流れに身をゆだね、最高のワインをテイスティングする。考えただけでも充実したひと時が過ごせそうです。

お腹が空いたら

お腹が空いたら敷地内にあるレストラン、レストランテ・サン・クロディオ・ドス・モンセス/Restaurante San Clodio Dos Monxes(サン・クロディオの二人の修道士という意味)や、すぐ近くのオ・モステイロ/O Mosteiroで美味しいワインと絶景を眺めながらガリシアの絶品料理がいただけます。サン・クロディオは洗練された料理を、オ・モステイロでは居心地のよい空間で、優しい味付けの心温まる家庭料理が楽しめます。それも信じられないほどリーズナブルに。シーズンには美しい花が咲くテラスが素敵です(O Mosteiro: Tel. 34 655 71 15 55)。

The iconic teracce -Coto de Gomariz
Wine Tasting -Coto de Gomariz

リベイロが近年最も栄えていた千年前に時計を戻して想像してみましょう。いまとは違い、修道院は社会の中心的な存在として中世のひとびとの精神世界を支配しただけでなく、一大商業センターとして銘醸ワインを産出し富を蓄えてきました。識字率の低かったこの時代にあってはエリートが集う学府であり、学識ある修道士たちは、当時の主要産業だった農業についても熱心に研究を行っていました。

リベイロにブドウ畑を開墾したシトー派は、1098年にブルゴーニュ地方のニュイ・サン・ジョルジュに誕生したカトリックの宗派で、特に厳格なことで知られています。祈りと労働によって神に仕え称えることを使命とし、神に捧げるワインを最高たらしめるために、ときには土を食べて土壌分析を行ったといいます。得意のクロ(Clos/囲み)の技術を使い、日当たりのよい斜面に緻密な石垣の段々畑を築いていきました。写真の石垣は色の濃いものがシトー派修道僧が築いたもの、下が近年修理されたものです。こんなところにも歴史の影がみえます。

Different colours, different eras – Coto de Gomariz
Terraced vineyards in autum – Coto de Gomariz
Natural vineyards- Coto de Gomariz

そんなシトー派がリベイロに見出した最高の畑は、さらにその千年前、ワインが大好きな古代ローマ人が開墾し、すでに多彩な品種を栽培してワイン造りをしていたという記録が残されています。人生を楽しむことが好きな古代ローマの人々は、ここできっと最高のワインを飲んでいたことでしょう。千年という悠久の単位で継承される、リベイロ最高のブドウ畑の歴史が面白いです。Have a lovely stay!