ピノ・ノワール・プレコスと小鳥のおはなし

Photo by Vicente van Zalinge

この世界には本当にたくさんのブドウ品種があるもので、ワインバイヤーになって十数年、イギリスのスパークリングワインを買い付けて初めて出会ったブドウ品種がピノ・ノワール・プレコス(Pinot Noir Précoce)です。直訳すると「早熟のピノ・ノワール」という意味になりますが、ピノ・ノワールとは異なるという説もあり、その実態はマイナーゆえにまだ解明されていません。

これについて議論するのが本来私の仕事ですが、それはどなたかに任せるとして、ここでは「ピノ・ノワールとの違いは何ですか?」と造り手さんに尋ねたときの回答から豊かな環境を想像させてくれる素敵なお話をご紹介します。自然に寄り添うのがワイン造り。そんなワイナリーの日常が見えるようで癒されます。

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“イングランドでは通常ピノ・ノワールよりもプレコスの方が理想的なレベルまで熟しやすい品種です。完熟を迎えられるので、プレコスからは赤果実のはじけるようなアロマと風味、そして濃く深い赤色が得られます。

しかもプレコスはピノ・ノワールより約3週間早く熟します。イングランドではしばしば秋に雨が降りますが、その前に収穫できるためボトリティス菌のリスクが少ないというメリットもあります。

さらに鳥害のリスクも少ないです。というのも、プレコスが完熟する時期はブドウ以外のたくさんのベリーが実を結ぶため、鳥は他にも食べるものが尽きないのです。” by Hattingley Valley

Harvest in Hattingley Valley

果皮が青いですね。Précoceという呼び名が示すように原産地はフランスですが、ドイツでフリューブルグンダー(Frühburgunder)と呼ばれて赤ワインが生産されています。

ブリティッシュ・プライド!歓喜のアフタヌーンティー

Digby Fine English

日本でも定着しつつあるアフタヌーンティー。ホテルのフェアでも取り上げられることが多くなり、桜やハロウィンなど季節感を取り入れたものや和風のアレンジが利いていて華やかですが、私が胸躍るのはスコーンと紅茶、シャンパーニュのシンプルなアフタヌーンティー。例えばイギリスの新進気鋭のワイナリー、ディグビー・ファイン・イングリッシュ(Digby Fine English)が素敵です。

「さあ、テイスティングしよう」と招かれたのはご自宅。玄関の扉を開けると、焼きたてのスコーンの香りがします。ダイニングルームはシックにコーディネートされていて、上質のテーブルクロスがかかったテーブルには、手作りのスコーンにチップトゥリーのブルーベリージャム(日本でも手軽に買える英国王室御用達アイテム)、いつも決まったお店で買うというクロテッドクリームと、彼らの造る最高の英国産スパークリングワインが並んでいます。大人の上質。やっぱりイギリス人は素敵だなと見惚れていると、「そうだ。お花を飾らないとね」とウィンクして、壁の色と同じ黄色のバラを持ってきてくれました。

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歴史的にずっとワインの輸入国だったイギリスが、冷涼な気候を生かして本格的なスパークリングワインを造るようになったのは2000年代に入ってからのこと。最新の設備投資をしてシャンパーニュと同じ伝統製法で向き合った結果、きめ細かいクリーミーな泡と酸が素晴らしいイギリスならではのスパークリングワインになりました。「これまでアフタヌーンティーの最後はシャンパーニュ以外あり得なかったけど、これでやっとすべてを英国産で通すことができるようになったんだ!」とは、昔年の思いが交錯したイギリス人の心からの歓喜の声なのです。

さて、私がイギリスにいた1990年代は、人と会えば「Would you like a cup of tea?(お茶はいかが?)」と聞かれたものでした。日常生活ではマグカップにティーバックという飾らないスタイルがお決まりですが、今ではコーヒー党も増えたイギリスで、おもてなしはアフタヌーンティーという所に文化が表れていて素敵です。美しい公園があちこちにあるイギリスでは、ピクニックにアフタヌーンティーもいいですね。美味しいスコーンと紅茶とスパークリングワインがあれば、他に演出はいりません。

“新しき良き”イングランド。その泡、パーフェクト!

Hattingley Valley

生産者:ハッティングレイ・ヴァレー
生産国・産地:イギリス・セントラルサウス(ハンプシャー)

シャンパーニュを10年も買い付けてきたから心底思う。イギリスの泡には可能性しか感じない。こんな風に言うとイギリス人は嫌がるに違いないけれど、本当にシャンパーニュの”弟分(younger brother)”だと思っている。泡のキレと美しさ、それでいてシャンパーニュのブリォッシュ香とは趣きの異なる繊細さがイギリスらしい。もっとも地図を見れば一目瞭然で、太古の昔は大陸と繋がっていたから、南部にはシャンパーニュと同じ白亜質ベルトが広がっている。だから、というほどワイン造りは単純ではないけど、これってロマンのある繋がりだ。


一昔前のさほど取り柄のないスティルワインの国から(失礼!)、一部の造り手が本気で設備投資をしてスパークリングワインに向き合ったことが功を奏したのは言うまでもなく、冷涼すぎたこの産地では地球温暖化も味方している。今後十年もすればレゼルヴワインのストックも十分に達し、よりふくよかな味わいも期待できるだろう。品質の向上が著しいイングリッシュスパークリングも、土地柄、酸のシャープさはときに過剰なものもある。ところが、ハッティングレイでは一部にマロラクティック醗酵を施していて、ほんのり、でも取れすぎない絶妙なバランスで角が取れているところが秀逸だ。


イギリスではアフタヌーンティーの最後にシャンパーニュを飲む習慣があるのをご存じだろうか?こんな風に優れたスパークリングワインが自国でできるようになったのを、一番喜んでいるのは紅茶党のイギリス人かも知れない。何といっても、アフタヌーンティーを最初から最後までイギリス産で楽しめるようになったのだから!

WE CAN’T GUARANTEE THE WEATHER, BUT WE CAN GUARANTEE THE WINE.
「天気は保証できないけど、ワインは任せてくれ」。元イギリス在住者としては、このブラックユーモアがツボ。現地では有料でワイナリーツアーも楽しめる。念願叶って2015年に買い付けた初めてのイギリスワインの一つ。

Butterfly is the symbol of the vineyards

#わくわくするようなストーリー